月別: 2019年11月

資本主義と民主主義と環境問題

 国連気候行動サミットでのスピーチが話題になっています。スウェーデンの16歳の少女「グレタ・トゥーンベリ」さんのスピーチです。
 日本では「16歳の少女が、涙ながらのスピーチ」などと言われ、もっぱら”イメージ”が先行しているようですが、彼女のスピーチを全部通して聞いてみると、けっこう重要なポイントを捉えた濃い内容のスピーチだったのが分かります。

スピーチの内容を一部抜粋すると…

「…大絶滅を前にしているというのに、あなたたちはお金のことと、経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。よくもそんなことを…」

 つまり、これは、地球温暖化問題を解決させるためには”経済優先の社会システムを変えるべき“という、環境問題の根幹にかかわる話をしていたってわけです。要するに、資本主義社会を批判した内容でもあったのです。

 ただ、本当のところ、今さら16歳の少女に言われなくても、多くの大人たちは薄々(充分に?)感づいているのではないでしょうか? 地球温暖化を含む環境問題への取り組みが、遅々として進まない原因が資本主義にあるということに。
 さらに言えば、(グレタさんは言ってませんでしたが)資本主義だけでなく、民主主義の社会システムにも大きな問題があるということに、気がついている大人たちも多いのではないでしょうか?

 実際、人類の未来を考えれば誰もが賛成するであろう「原発の廃止」を例にとってみても、現状、原発が無ければ困る人たちや「今はまだ原発は最低限必要だ。」と考える人たちがいるから実現できないわけだし、もしも「何を置いても原発は今すぐ廃止しなければならない。」という意見が、現状で全人類の”満場一致”の意見であれば、政治家だって何の躊躇〔ちゅうちょ〕もなく、今すぐ原発を全廃できるわけだし…。

 仮に、日本の原発を今すぐ全廃すれば、日本の経済は大打撃を受けることになります。(電気エネルギーの総量が減ることで、電気料金の高騰が始まるからです。)そこで、経済への大打撃を回避するために、火力発電を増設するわけですが、火力発電が増えれば地球温暖化を加速させてしまいます。

 つまり、「原発の保有」「日本経済への大打撃」「地球温暖化」の3つうち、どれか一つは必ず選ばなければならないクジ引きのようなモノなんです。現時点では、政治家はこの3つのクジのバランスを取ろうとしているんですよ。今はまだ、そうするしかないんです。

 資本主義社会と民主主義社会の組み合わせは、ブレーキが壊れた特急列車に例えることができます。

 暴走列車自体は資本主義社会を象徴しています。資本主義は競争原理を基本としているため、時とともにおのおのの競争は激しさを増していきます。そして、すでに多くの人々が競争に疲れ切っています。だけど、競争を止めてしまえば自分が負けることになり、敗者には”不幸”が待っています。また、お互いに競争し合っているので、昨日よりも今日、今日よりも明日と、どんどんスピードを上げ続けなければならないのです。

 民主主義社会が象徴するのは、暴走列車を止められない理由です。本当は、今すぐにでも止めたいのですが、止めるためには列車を爆破するか、線路の先に置き石でもして脱線させるしかありません。ただ…暴走列車には多くの乗客が乗っているのです。列車を爆破したり脱線させることなんか、できるわけがありません。民主主義で考える唯一最善の方法は、線路の遥か先の方に動力車両を置いて、暴走列車よりもやや遅いスピードで走らせながら連結し、緩やかにブレーキをかけていく方法です。
 ですが…いったい、その準備をしている間に、暴走列車はどれだけ長い距離を進んでしまうのでしょうか…?

■資本主義社会について

 資本主義社会では、経済力(お金)が絶対無二の価値として君臨します。(そういうシステムなんです。)もちろん、人間には経済力以外の価値も存在しますが、競争社会が加速し、格差が広がれば広がるほど、経済力の価値がその他の価値を圧倒するようになります。今後、”経済力”以外の価値観を軽視する風潮は、ますます広がっていくでしょう。

 人間が最も大きなモチベーションを持って行動するのは「不幸を遠ざけるため」「幸福になるため」です。人生にとっての価値が経済力(お金)に一極集中している現代は、人々の幸福を左右する最大の要素が経済力(お金)になっているとも言えます。

 つまり、地球温暖化を含めた環境問題への取り組みが経済力(お金)に結びつかない限り、人々が真剣に取り組むようにはならないのです。残念ながら現在は、経済発展と環境対策はおおむね反比例の関係になっています。(※簡単に言えば、環境対策は儲からないということです。)

■民主主義社会について

 民主主義社会では、人々の犠牲を最小限に抑えることができます。ただし、ここで言う”犠牲”は、あくまでも人間にとっての犠牲であって、その他の動植物や地球環境の犠牲は考慮されません。また、民主主義社会では、目先の利益や目先の幸福が最優先されます。遠い将来のことは後回しにされます。つまり、本当に必要なことが必ずしも優先されるとは限らないのが民主主義の欠点であるとも言えるのです。

 きっと、地球温暖化を含めた環境問題に対する取り組みが真剣に行なわれるようになるのは、気候変動による人間生活の悪影響がもっと深刻になり、取り返しがつかなくなる頃になるでしょう。

 以上、整理するとこういうことになります。
 ところが、資本主義の勝者は「認めたくない」と思い、敗者は「生きることで精一杯」で、環境問題のことは知っていてもロクに動き出そうとしません。また、多少なりとも歴史を知っている人たちは”民主主義が理想”と思い込み、その思いから離れられないから、ただジリジリと手をこまねいているしかないのです。
 グレタ・トゥーンベリさんのスピーチは、話題作りという点では無意味ではありませんが、実際、それだけで動き出す人はほとんどいないでしょう。

 私はまず、経済力(お金)一辺倒〔いっぺんとう〕の価値観に一石を投じたいと考えています。一人でも多くの人に、経済力(お金)以外の価値を見直して欲しいのです。そのための第一歩として「人間関係と恋愛」に関するホームページを立ち上げたのです。